昭和38年03月01日 衆議院 本会議

[007]
自由民主党 田中伊三次
そもそもこの交渉は、1952年松本俊一君を首席全権として第1回会談をいたしましたのが始まりでありまして、自来今日に至るまで11年の長きにわたって信義と誠実の限りを尽くして現在に及んでおります。しかるに、まことに残念なことには、韓国側は、わが方の誠意を率直に受け取らず、かえって激しい反発を繰り返し、事もあろうに世界の公海に李ラインを設定するがごとき、206隻に及ぶ漁船を拿捕するがごとき、2500名をこえる漁民を抑留するがごとき、北鮮帰還問題にあっては理不尽きわまる反撃を繰り返すがごとき、すでにおのれは韓国代表部を置きながら、日本代表部をいまだに認めざるがごとき、日本の領土なりと主張をしておる竹島に対し、一方的に韓国国旗を掲げるがごとき、ことにこの重大な日韓交渉進行中に、わが漁船を拿捕し、わが漁民を抑留して顧みざるがごとき、実にけしからぬ行動枚挙にいとまがない。(拍手)



[009]
日本社会党(社会民主党) 帆足計
しかも、日韓交渉の内容をしさいに検討してみますると、韓国への有償、無償の供与実に5億ドルに及び、そのすべては何ら法的並びに現実的根拠がなく、かつ、具体的資料の提出すらなさず、国民の監視の目を盗んで、悪名高き金鍾泌輩との秘密外交に終始し、竹島の返還、李ライン撤去への確たる保証さえなく、ただ手づかみに国民の血税2000億円を軍事ファッショ政権に提供せんとしているのであります。

しかも、このような筋違いの非生産的贈与でありますがために、当然財界、政界の汚臭ふんぷんとして蝟集し、早くも内外に広範なる汚職事件が報ぜられつつあることは、まことに遺憾のきわみであると思うのでございます。(拍手)

当初、大平外務大臣が多少なりとも慎重なる態度をとりましたことは、私どももよく承知いたしているのでございますが、やがて急テンポに緊迫せるアメリカの極東戦略に押され、さらにまた、世上いわゆるコリアン・ロビーと称せられる一部の無知なる勢力に押しまくられて、ただうかうかと流れに身をゆだねているうち、気がついてみれば、すでにとうとうたる濁流に洗われて今日の悲運に至ったというのが、偽らざる事態の真相であると察するのであります。(拍手)