昭和39年05月14日 参議院 内閣委員会

[083]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
本法案の内容それ自体について、まず大臣にお伺いしたいと思いますが、たまたま昨日の午後、韓国側による例の巡視船の「ちくご」のいわゆる捕獲事件がございましたので、これは緊急性がございますので、まずもってこの点から2、3お伺いしたいと思います。

新聞の報道によりますと、昨日の午後特別警戒中の巡視船「ちくご」、これは270トンくらいだそうですが、領海侵犯の理由で韓国警察警備艇、これは20トンくらいだそうですが、これに強制連行された。強制連行ですから、捕獲と同様であろうと思います。まあ、この問題はきわめて重大な問題であると考えられますので、まずもって、この問題についての真相を御説明いただきたいと思います。

[084]
外務大臣 大平正芳
5月13日の午後3時ごろ、海上保安庁より外務省に対しまして、同日午後0時55分ごろ、御指摘の「ちくご」が大黒山島東方の公海上におきまして、韓国警察警備艇「ハンサン号」の横づけを受けて、大黒山島方面への連行を求められている旨の報告がありました。

そこで外務省より韓国代表部に対しまして、本件に関する事情調査を要請いたしますとともに、日本国の公船たる「ちくご」に対し、もしも強制運行のごとき措置がとられることとならば、重大なる結果を招くおそれがあると、とりあえず警告をいたしました。

同日夕刻に至りまして、海上保安庁より、その後「ちくご」――が「ちくご」自体から入った報告によれば、午後3時40分「ちくご」は韓国側の要請により、大黒山島の鎮里という港に入港し、「ちくご」には韓国武装警官2名が乗船している模様であるとの通報を受けましたので、再度韓国代表部に対しまして外務省から、その後の報告によれば、「ちくご」は鎮里港に強制的に連行された模様であるが、これが事実とすれば、「ちくご」が主張しているように、領海3海里の外にいたのであればもちろん、たとえ韓国側が主張いたしておりますように3海里の中にいたとかりに仮定しても、日本国公船に対する重大なる国際法の違反行為であり、そのもたらすべき影響は深刻であると指摘いたしまして、韓国代表部より直ちに本国政府に連絡して、今夜中に釈放する措置をとられたいと申し入れました。その後、アジア局長よりも代表部に対しまして同趣旨の申し入れを行なうとともに、「ちくご」が今夜中に釈放されないようなことになれば、事態は非常に重大になるという同様の警告を発したのでございます。

しかるところ、午後10時半過ぎ、韓国代表部より外務省に対しまして、「ちくご」が釈放されることになった旨通報があり、また、「ちくご」からは海上保安庁に対して、午後10時40分釈放されたとの報告がございました。「ちくご」は15日の朝門司港に帰港の予定でございます。

経過は、以上申し上げたとおりでございます。

[085]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
そこで、2、3順次お伺いしたいと思いますが、事実領海侵犯であったのか、それとも公海上であったのか、事実からひとつお聞きしたいのですが。

[086]
外務大臣 大平正芳
「ちくご」はまだ門司に帰っておりませんし、われわれのほうから韓国側に依頼いたしました事情調査が届いておりませんので、そこははっきりいたさないわけでございますけれども、領海侵犯について双方にやりとりがあったらしい様子でございます。これは、いずれ「ちくご」自体からの報告を聞き、韓国側の調査も聴取して確かめたいと思っております。

[087]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
まだその点は明確でないということでございますけれども、その拿捕された際に、「ちくご」としては領海3海里を主張されたということ、この点韓国側は李ライン内は領海であるという主張を続けたこと、両者の対立はどこまでも並行してお互いに譲らなかった、こういうような意味の新聞報道であるのです。

そこで、公海上であったかどうかということは、「ちくご」自体はこれは明確にわかるはずだと思うのですが、こういう点はどうなんですか。どうもその点があいまいであったということですが、「ちくご」自体は、いま公海上にあるのか、それとも3海里以内に入っているかということは明確にわかるのではなかろうかと思うのですが、その点はどうですか。

[088]
外務大臣 大平正芳
私は、「ちくご」自体がその時点においてどこに位しておったかということはよくわかっているはずだと思うのでございます。それは門司に帰港次第聴取したいと思っております。

[089]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
これは「ちくご」は言うまでもなく巡視船ですから、これは漁船とは明確に区別せられる。一目瞭然わかるであろうと思うのですが一目瞭然わかる情勢にあったにもかかわらず、なおあえてこれを強制連行した。

これは何と考えても国際法上の違反になる問題だと思うんですが、この点はどうなんですか。

[090]
外務大臣 大平正芳
領海3海里侵犯の事実があったかどうかということよりも、問題は公船であるということが重大だと思うのでございます。公船は国際条約上特別な地位を持っておりまするし、国際慣列上も特別の取り扱いを受けておるわけでございますので、この点は公船を強制連行するということは、これは穏やかでないことでございまして、私どもといたしましては、十分の事情調査はもちろんいたしますけれども、公船であるということ、そのことに対して先方がとった措置に対しまして、適正な日本の政府としての措置をとらなければならぬと考えております。

[091]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
この事件に対して外務省はさっそく韓国側に抗議を申し入れたということについての大臣からの御説明、ただいまお聞きしたわけですが、ただ、今朝の新聞報道によると、5月14日に、きょう予定されている日韓非公式会談の席上で、杉首席代表から裵韓国大使に、今後はこのようなことを起こさないように要望することにしておるとの報道があったわけですけれども、この点はどうなんですか。

[092]
説明員(外務省アジア局北東アジア課長) 前田利一
御説明申し上げます。

本日、午後2時に予定されておりまする日本側の日韓会談首席代表杉首席代表と韓国側の首席代表のペ義煥大使、このお2人の間に大体1週間に1度非公式会談ということで会合が持たれておりますので、ただいま大臣から御説明のありましたような実情の認識の上に立ちまして、ちょうどいい機会でございますので、杉首席代表からもこの点について遺憾の意を表明し、今後こういう不祥事態の起こることのないようにということを華首席代表に申し入れるこういうことになっておりまして、ただいま3時からその会合が開かれております。

[093]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
そこで私はお伺いしたいのは、そういう手段は当然のことだと思うのですが、ただ新聞報道によると、「要望することになっておる」というような意味の報道であります。それで、大臣の先ほどの御説明では、抗議を申し入れた。同じ事柄のようで、うっかり聞いているとわかりませんが、これは厳重に区別されなければならぬ。このような大事件でございますから、要望どころの騒ぎでなく、厳重な抗議を申し入れてしかるべきだと思うのですが、おそらくそういうことであったと思うのです。まずこのことは大事な点であるので、大臣からいま一度この点はどうであったのか、要望の程度であったのか、それとも、厳重な抗議であったのか、おそらく後者であろうとは思いますが、念のためお伺いしておきます。

[094]
外務大臣 大平正芳
ただいままでは、起こりました事態の収捨で、早く釈放の措置をとるようにということでございましたが、私が申し上げておりますことは、実情の正確な調査ができますと、私どもといたしましては、今度の不法連行事件に対しましては、所定の手続をとって、いま仰せのように、厳重な抗議をしなければならぬと私は考えております。

[095]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
外務省の見解と――これは新聞報道によるわけですが、特にいま大臣から御説明があったように、たとえその地点が領海侵犯の域に入る問題であっても、公船である場合は、国際法上抗議されることはあっても、立ち入り検査や捕獲されるようなことはない、こういう意味の御説明であったわけです。

このことについては、「ちくご」自体が公海上であったということを主張しておるのですから、これは当然公海上であったろうと思うのです。しかも、かつ、公船である、巡視船というりっぱな公船であるわけです。そういうことから考えて、これを捕獲したというようなことは、あまり前例もないであろうと思うのです、前に。これは後ほど伺いますが、新潟の海上保安本部ですか、1回あったようですが、これは絶えてなかった問題のようですが、そういう意味合いからも重大な問題だと思うのですが、この点についてひとつ御説明いただきたいと思います。

[096]
政府委員(外務省条約局長) 藤崎萬里
国際法上の観点から申しますと、公船、特に非商業的な目的に使われる公船は、特別のステータスを持っておるものだと、そういうところから、公海におる場合には他国の管轄権から全面的に免除される、旗国以外の管轄権には服さないということが、ジュネーヴで海洋法会議というのがございまして、そこでいろいろな条約ができましたが、その公海に関する条約の中にも明記してございます。

領海内の取り扱いにつきましてはいろいろ実は意見が分れておりましたために、この領海に関する条約には規定はございませんが、国際慣例としましては、やはりこの種の公船に対しては手出しをしないというのですか、強制力を行使しないのが一般の慣行であると言って差しつかえないだろうと思います。

[097]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
そこで、重ねてお伺いしますが、立ち入り検査や捕獲はしないことになっておる、国際慣例上。ところが、そのいわゆる立ち入り検査、その域を脱して、これを強制連行したというようなことに大きな問題があろうと思うのです。

かりに臨検であっても、これは問題は、そういう御説明に基づくと、問題が残るわけですけれども、この点で問題の重要性はあろうかと思うのですが、この点はいかがですか。

[098]
政府委員(外務省条約局長) 藤崎萬里
御指摘のとおり、先方の官憲が行使した権力の重さに従って、それだけわがほうの権利の侵害の程度も大きいわけでございます。連行というようなことは、最も重大なことであると思います。

[099]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
そこで、時間の関係もございますから、重点的にお伺いするわけですが、そこで大臣に特にお伺いしたいのは、韓国側がこのような不法行為をあえて強行したその理由は那辺にあるかということをお考えですか。何か目的がなければ、無意味にそういうことはやらぬと思う。きわめて意図的です、巡視船であるということをはっきり確認できるわけですから。これは、漁船を公海上で云々の問題でも問題は残るわけですけれども、ましてや、国際法上認められておる公船を、そういう不法に捕獲する。何かそこに意図かなければならぬと思うのですが、これはむろん、いまのところまだその集約的ななにはないから判断できぬと言えばそれまでですが、大臣としては、どうお考えですか。

[100]
外務大臣 大平正芳
どういう意図でそういうことになったのかということにつきましては、実は私も解しかねるところでございます。先方かどのように説明してまいりますか、伺った上で判断したいと思っておりますが、いまの段階では、私には、全然解しかねておる状況です。

[101]
日本社会党(社会民主党) 伊藤顕道
せっかくお伺いしましたけれども、大臣わかっておるのでしょうけれども、まだ国際法上の問題だから慎重を期してということで、それもわかりますので、また機会を見てあらためてお伺いすることにして、そこで、この問題については最後に1点だけお伺いしておきますが、いままでの捕獲事件は一体どうであったか。

私が記憶しておるのは、29年であったと思いますが、新潟の海上保安部の巡視船の「さど」が済州島付近で韓国警備艇から捕獲された事件があったと思うのですが、これは、今回よりさらに悪質であったと思うのは、銃撃後に捕獲されている。

今度は、発砲は、どの記事からも見当たらなかったのですが、そういう事実があったとかないとかということも合わせてお答えいただきたいのですが、このほかに、いま指摘した新潟海上保安部の「さど」以外にもあったのかどうか、そういうことをひとつお聞かせいただきたいんです。

[102]
説明員(外務省アジア局北東アジア課長) 前田利一
ただいま先生御指摘のとおり、最も今回の事件に類似しました、あるいはそれ以上の程度にひどかった事件といたしましては、29年の2月に海上保安庁の巡視船「さど」が、先方から銃撃を受けた後に連行されて、相当長時間でございましたが、たしか済州島に連行されました後に釈放されたという事件がございまして、それ以外に、李承晩ラインの問題に関連しまして、日本漁船の保護、指導に当たっております海上保安庁の巡視船に、威嚇射撃を加えたり、あるいは停船を強制したりという不祥事件が、これまでに、私の記憶によりますと、今度の事件を加えて8件くらい生じていたように記憶しております。